2006/01/14

加速にまつわる与太話

■[思ったこと]コミュニケーションのために動員されるノスタルジー砂上のバラック

上の記事を読んで思い出したのは、菊地成孔の言っていた「ちょっと前まではリバイバルと言えば20年前のものであり、10年前っていうのはダサい時代とされていた。が、00年代の今はやくも90年代リバイバルが始まっている」ということ。id:number29 さんの論旨とはズレるんだけど、僕はそういう意味で、今流行りの「うすいノスタルジー」からは、「世界の加速」を想起するわけです。これは言うまでもなくジョジョ第六部こと『ストーンオーシャン』のラストとリンクする。

『ストーンオーシャン』では、時間の流れが早くなったために、人々は従来の何倍もの速度で人生を生きることになる。世界は天地創造から終焉までを幾度も幾度も繰り返す。人々は人生を何度も繰り返す。その果てに何があるか。人々は「未来に何が起こるのか」を事前に知るようになるのだ。
世界を加速させた張本人であるプッチ神父は、「恐怖とは未知から来るのであり、『覚悟』からこそ心の平穏が得られる」と主張した。彼は加速の果てに「誰もが未来を知り尽くした=覚悟を決めた楽園」を求めたのである。

形こそ違えど、我々の世界も「加速」している。すると、我々の「加速する世界」の果てには「誰もがトレンドを読み切った楽園」があるのだろうか。消費者が供給のメカニズム――芸人の舞台裏・アイドルのキャラ作り・デザイナーの理念・経営陣の思惑――に今ほど深く踏み込んでいる時代はかつて無かったはずだ。それを思うと、僕はストーンオーシャンのラストに非常に示唆的なものを感じてしまう。そう、『日経エンタ』が廃刊になる未来を思い描いてしまうのだ。うん、ある意味ビューティフル。(参照記事・コメント

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