2006/10/29

学ぶことと働くこと

こないだ某投資機関の偉いさんの講演を聴いたんだけど、その中でちょっといい話があったので書いておく。

ジョージ・ソロスの学生時代の専門は、カール・ポパーだった。

ジョージ・ソロス。デリバティブ取引の神様、日本でも有名な投機家、年に 100 億ドル単位で稼ぐ化け物。他方で著名な慈善家などの顔も持っている彼だけど、それでもやはり、世界屈指のマネーメイカーとしての印象の方が強いだろう。しかし、その学生時代の専門はカール・ポパー(哲学者)だった。現在に至る彼の投資哲学には、ポパーの思想が息づいている――。

(wiki ほかを読むと専門というより傾倒していただけのようにも見えるし、そもそも彼は経済系の大学に在籍してたんだけど、一応多少なり親交があるらしい人が話していたことでもあるし、今回おれはそっちに重きを置くことにする。どうでもいいけど「 wikipedia - ジョージ・ソロス」の読みにくさは異常。直訳?)

文学部とかの人がよく「金にならねえ専攻でさー」と嘆いてるのを見る。おれ自身はその意味で「金になる」専攻で、「金になる」講義を多く受けてきた。けどおれはそういった知識の活きる金融業界には進まないし、そもそもそんな専門知識なんか持ってない。
大学で学ぶことなんてたかがしれてる、と言いたいわけじゃない。大学で学ぶことを生かすも殺すも自分次第だってことだ。おれは「金になる」学問をもって「金になる」仕事に就かなかっただけで、ソロスはその逆をやった。比べるのもおこがまし過ぎるんだけど。

そりゃ授業で出ることがそのまま仕事に使えるもんでもないだろうし、ましてや「『論理哲学論考』などを記した哲学者は?」「ウィトゲンシュタイン!」「正解!100万円あげる!」なんて金儲けの仕方は有り得ない。しかしソロスの在り方を見ていると、学問の「卑近な」可能性にも改めて気付かされるのだ。
また別の角度からの話をすると、おれは確かに学部で学んだ専門知識をそのまま活かせる業界では働かない。しかしその専攻は、おれの就職活動ではあらゆる面でプラスになったし、仕事の上でも凡百に埋もれない可能性を与えてくれている。これも「卑近な」可能性のひとつだ。

投機活動で成功するために必要なのは「人と同じ事をしない」ことだそうだが、それが投機に限った教訓でないのは明らかだろう。働く上で、あるいはその前段階で、人は多かれ少なかれ際立たなくてはならず、学問はそのためにも活きる。そしてそれは働くことに止まらず、人生すべての営為に当てはまることかもしれない。学問は何も学者のためだけにあるものではないのだ。

おれ自身が真面目な学徒とは言えないので、上の理屈は自分の耳に痛いところもあるんだけど、学問そのものには金になる/ならない、役に立つ/立たないも無い、ってことは忘れないようにしたい。件の講演の演者は、冒頭の言葉に続けてこう言った。「だから、貴方たちが金融を専門にしていなくても、金融の世界で活躍するチャンスはあるんです」。我々はいい大人であって、何も誰のせいにもできない。それは裏返すと、とてつもない全能感だ。

参考 :
寺島実郎の‘発言’ - 「ジョージ・ソロスの宣戦布告」
wikipedia - カール・ポパー
「いい大人」に関する Google 検索
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